Saturday, May 26, 2012

福島4号機の使用済み燃料プールはどこにあるのか


5月26日、東電は第3回目の報道陣ツアーを福島第1原発で行いました。その目的らしきもの、明言されたわけではありませんが、わざわざ細野大臣を呼んで、内閣記者4名と共に4号機のオペフロ(5階)まで上がらせた、ということは、世界のインターネットでこの数ヶ月盛んに拡散されている、「4号機建屋は傾いている」「使用済み燃料プールは傾いていて、ひびが入って水が漏れている」「燃料プールが倒壊すれば世界的な大惨事になる」、などの情報を否定することが一つにはあったように思います。

そのためでしょう、前日の5月25付けで、東電は「福島第一原子力発電所4号機原子炉建屋の健全性確認のための点検結果について」(PDF)というまとめを出しました。

英語ブログに資料を出しましたが、予想通り、反応は、「東電は嘘つきだから信用できない。」

そればかりか、英語圏のブログの一つには、東電の出した資料を曲解し、資料に改ざんを加えてそれが「東電が4号機が傾いていることを認め、燃料プールが危ないことを認めた証拠だ」、というようなことが書かれているのを発見しました(読者情報)。このブログが大手のサイトにリンクされ、拡散された模様。

そのブログが使ったのは、東電資料のこのページです:


まず、左側のポンチ絵。見れば分かるように、傾きがない場合には定点が垂直線上に乗り、傾いている場合には水平差がでる、という説明をするための絵です。これが、このブログにかかると、”Tepco Finds Reactor 4 Building Leaning”、「東電は4号機建屋が傾いているのを発見した」という但し書き付きで(赤色の楕円で囲った部分)、4号機が傾いている証拠として挙げられています。


更に、このブログに「東電の出した報道資料の4号機写真」という但し書きつきで出ているこの写真:


大きな赤い矢印で、使用済み燃料プールの位置を指摘しています。いかにも使用済み燃料プールは、海側から南面の壁にあいている穴の方向、壁のパネルが落ちている(落とされている)西側方向に、南面の壁に沿って存在しているかのような矢印の描き方です。

写真の詳細を見ると東電が今回出した資料の写真と同一ではなく(上下左右の端が東電資料より表示部分が大きい)、以前に4号機の写真として出ていたものに矢印を書き足した、という感じです。定点と線は以前の写真にもついていたのかどうか、調べ切れていませんが、垂直方向の傾きを測定するため以外にこのような点と線を描くとは思えず、また垂直方向を実際に測定したのが今回が初めてだったことを考えると、恐らくついていなかったのではないかと思います。

しかし、東電の資料を見れば分かるとおり、赤い矢印をつけたのはこのブログであって、東電ではありません。使用済み燃料プールはそんな位置にはないのです。

東電資料の16ページ目のこの図をご覧ください。


プールは、南面の穴の向かって右側なのです。

朝日新聞が出したヘリからの航空写真(5月26日撮影)。使用済み燃料プールは、白いカバーが四角く掛かっている場所です:


もっとも、使用済み燃料プールの位置を実際の位置ではない場所に置いたのはテレビ朝日も同じ。4号機は危ない、という今年の3月の初めの番組からのスクリーンショット:


前述のブログと同様に、使用済み燃料プールが南面の壁に沿って、建屋の幅に存在しているようなグラフィックスになっています。位置の確認をしたのかしなかったのかは存じませんが、この番組が全世界に広まって、大変だ、南面の外壁が落ちたら燃料プールの水が干上がるんだ!ということになりました。プールの壁が外壁ではないことは、東電の平面図からも明らかです。

『東電は嘘をつく』、だから嘘には嘘で対抗する、とでも言うのでしょうか。そのように対抗した結果真実が出てくるとはこのような事例を見る限り私にはとても思えませんが、福島原発事故以来世の中はどうも劇的に変化したようですので、結局、何でもありだ、ということなのでしょうか。

Friday, May 18, 2012

OT: 日経平均株価、2007年10月の半分、下落度はスペインの株式市場並み

米国株式市場のもっとも最近の最高値は2007年10月~11月でした。米国ナスダックでは、グーグルがあともう数ドルで750ドルになる直前まで行って、そのあと突然グーグルだけでなく、大手のテクノロジー各社の株価の変動がものすごく激しくなり、急降下を開始。翌2008年は続落で始まり、3月には米国のベアースターンズが倒産直前まで行ってJPモルガンチェースに売却され、4月、5月となんとか市場は持ち直したものの、ちょうど米国民主党の党大会でオバマ候補が正式に大統領候補に決定された頃からまたも続落が始まり、大騒ぎの夏を経てAIGの実質国営化、リーマン証券の破産の9月、10月以降の金融市場崩壊が全世界的に不況を引き起こし...。

とまあ、前置きが長くなりましたが、それから4年半、世界の主要株式市場はどう推移したのか、Stockcharts.comというサイトでグラフを作ってみました。と言うのも、ギリシアの債務危機、ユーロ危機をきっかけに、また2008年秋のような大暴落が起きるかもしれない、というアナリストがちらほらいるのです。


これを見ると、日経平均(ピンク)は、2007年10月のレベルの半分近く。スペインのIBEXと大差ない、さえないパフォーマンス。ダウ平均、S&P、ドイツのDAX、イギリスのFTSEは、2007年10月レベルから10パーセントから20パーセントのマイナス。唯一このレベルより高いのはナスダック。ネットフリックス(NFLX)、アップル(APPL)などの超ハイ・ベータ(市場の指数が1上がると1以上上がる株)の株が牽引となりました。

日経平均の近来の最高値は2007年の7月の18238、それから比べると、下落率は52パーセント。

ものすごいのはやはりギリシアの株式市場(紫)。2007年10月からの下落率は何と90パーセント。株式市場のみならず、ギリシャの債券市場も、額面1ユーロの債券が20セント以下で取引され、これ以上いくらなんでも下がらないだろう、という見込みで債券に買いを入れたヘッジファンドが更に2割だか3割損をした、というとんでもないことになっています。

日本はこの1年、福島原発事故に明け暮れました。こんな事故が起こると、世界の株式市場、債券市場、通貨市場などの金融市場など、生きていくうえで取るに足らない瑣末な事象のように思えます。ただ、これで世界の金融市場が再び大混乱に陥ると、日本円は再び高騰し、日本の「復興」の目論みは吹っ飛びかねないかも知れません。視界の隅に、金融市場の動きも見ておいてください。

Tuesday, May 15, 2012

キロ当たりベクレルから平方メートル当たりベクレルへの変換計算

ツイッターでフォローさせていただいている方から以前教えていただいたリンクですが、日本保健物理学会の「専門家が答える暮らしの放射線Q&A」というページがあります。その中のQ&Aの一つに、「Bq/kgからBq/m2への変換方法について」というのがあります。

チェルノブイリの区分と比較したいので、どのように変換がなされるのか、教えて欲しい、という質問に対して、計算の仕方を答で解説しています。

福島第1原発事故から14ヶ月以上経った今でも、「なんとなく聞いたことがあるけれど詳しく見たことがないので今ひとつ分からない」ことの一つがこの変換の計算ではないでしょうか。特に最近、放射性セシウムが濃縮したような場所から取った少量(時には10グラムにも満たない量)のサンプルを自動的に65倍、あるいは150倍してチェルノブイリの汚染と比較しているような事例もちらほら見ましたので、ここはまじめに算数をやってみよう、というわけです。

文部科学省による土壌検査は表面から5センチの深さまで取ります。その結果のBq/kgを平方メートルに変換したい場合、65倍という数字を使っているようです。一方、農林水産省による土壌検査は、農地はその深さぐらいまで耕すため、という理由で、表面から15センチの深さまで取ります。その測定結果を平方メートルに変換するときは、150倍、との記載をウェブなどで見かけます。5センチの3倍の15センチなので倍数も65倍の3倍で195倍ではないかと単純に思いますが、さて計算は。

まず、日本保健物理学会のページの情報から、文部科学省の「65倍」を検算してみましょう。

日本保健物理学会「専門家が答える暮らしの放射線Q&A」より、「Bq/kgからBq/m2への変換方法について」(計算部分抜粋):

土壌の密度を1.3 g/cm3と仮定し、土壌採取の深さを5 cmとした場合の換算方法を以下にお示しいたします。

土壌1kgに相当する体積は、体積(cm3)=1(kg)/1.3(g/ cm3)から、約769cm3と求めることができます。今回は、土壌採取の深さが5 cmですので、その面積は、体積を深さで除することにより、面積(cm2)=約769(cm3)/深さ5(cm)=約154 cm3 と求めることができます。よって、Bq/kgに相当する面積はBq/154cm2となり、これを単位面積あたりに直すと約65 Bq/m2となります。


誤植(面積(cm2)=約769(cm3)/深さ5(cm)=約154 cm3 ではなく、154 cm2)を直して整理すると、

計算の大筋としては、比重を使って1キロ当たりに相当する体積を求め、次にその体積(縦x横x高さあるいは深さ)を深さで割って、面積(縦x横)を出す。
土壌の密度 1.3 g/cm3
体積(cm3)=1(kg)/1.3(g/cm3)=約769cm3 (分かりやすく書くと、体積(cm3)=1000(g)/1.3(g/cm3)=769cm3
面積(cm2)=体積(cm3)/深さ=769/5=154cm2
Bq/kgに相当する面積=Bq/154cm2
1平方メートル当たりにすると、1m2=10000cm2なので、倍数を x とすると
Bq/154cm2=x Bq/10000cm2
x=10000/154=64.9≒65

出来た、65倍!

変数(これが変化することによって答が変わってくる数値)は、土壌の密度と深さ、ということが分かります。

同様に、農水省の土壌15センチを取る場合の倍数は、土壌の密度が同じとして、

土壌の密度 1.3 g/cm3
体積(cm3)=1(kg)/1.3(g/cm3)=約769cm3 (分かりやすく書くと、体積(cm3)=1000(g)/1.3(g/cm3)=769cm3
面積(cm2)=体積(cm3)/深さ=769/15=51cm2
Bq/kgに相当する面積=Bq/51cm2
1平方メートル当たりにすると、1m2=10000cm2なので、倍数を x とすると
Bq/51cm2=x Bq/10000cm2
x=10000/51≒196

196倍、という答が出ました。

では、同じ計算方式を使って(というより、同じ計算方法が使えると仮定して、ですが)、道路の表面、あるいは吹き溜まりなどの浅い部分から取ったサンプルの倍数はどれくらいのものが適当なのか、やってみます。仮定として、

土壌の密度は南相馬の「黒い物質」の例(100ml容器に詰めて45グラム、つまり比重は0.45g/cm3)を使って、表面1センチを採取することにし、これをBq/m2に変換するための倍数を求めます。

体積(cm3)=1000(g)/0.45(g/cm3)=2222cm3
面積(cm2)=体積(cm3)/深さ=2222/1=2222cm2
Bq/kgに相当する面積=Bq/2222cm2 倍数を x とすると
Bq/2222cm2=x Bq/10000cm2
x=10000/2222≒4.5

答は4.5倍

表面1ミリのサンプル採取が可能だとすると、

体積(cm3)=1000(g)/0.45(g/cm3)=2222cm3
面積(cm2)=体積(cm3)/深さ=2222/0.1=22220cm2
Bq/kgに相当する面積=Bq/22220cm2 倍数を x とすると
Bq/22220cm2=x Bq/10000cm2
x=10000/22220≒0.45

答は0.45倍。キロ当たりのベクレルが仮に100万ベクレルだとすると、それを敢えて平方メートル当たりに直す場合は45万ベクレルになる、という計算です。

ということで、結論としては放射能が濃縮するような場所から表層の浅い部分だけ取った場合、表層から5センチまで、あるいは15センチまで取ったサンプルと同様の倍率でキロから平方メートルあたりのベクレル数を単純に換算できるわけではなく、そもそも濃縮された、面積の狭い場所から取ったサンプルのキロ当たり濃度をを平方メートルあたりの濃度に変換する意味があるのかどうか、よくわからない、というところに私は落ち着きました。

それでも、東北、関東の広い範囲から発見されている「黒い物質」が高い放射能であることには変わりはなく、自治体がなぜこれを取り除く努力すらしないのか、私には理解できません。

(H/T @Kontan_Bigcat)

Friday, May 11, 2012

【記録】放射線影響研究所論文 『原爆被爆者の死亡率に関する研究、第14 報、1950-2003、がんおよび非がん疾患の概要』-被曝リスクに閾(しきい)値はなかった

米国放射線影響学会の公式月刊学術誌 Radiation Research誌に今年の3月に掲載された放射線影響研究所の研究員による英語論文の日本語要旨が、放射線影響研究所のサイトに出ています。

今までも、閾(しきい)値はない、という仮定で放射線防護は国際的になされてきましたが、特に原子力推進の立場の研究者、専門家は現在でも、「安全に偏りすぎている、実際は閾値はあり、それ以下では有意な差は認められない」という立場を崩していません。研究者、専門家によって、その閾値は20ミリシーベルトであったり、山下教授のように100ミリシーベルトであったり、200ミリシーベルトであったり、高いところではオクスフォードのウェード・アリソン教授の年間1シーベルトでも安全、というのもあります。

しかし、今回の報告論文で、よりによって悪名高きABCCの後身である放射線影響研究所が、「総固形がん死亡の過剰相対リスクは被曝放射線量に対して全線量域で直線の線量反応関係を示し、閾値は認められず、リスクが有意となる最低線量域は0-0.20 Gy であった」、と発表、つまり、閾値なし、ということが仮定ではなく疫学上証明されたことになります。リスクが有意(statistically significant、統計上有意ということ)となる最低線量域はゼロから0.20グレイ、シーベルトにすると、ゼロから200ミリシーベルト、ということになります。

放射線影響研究所論文日本語要旨

Radiation Research* 掲載論文
「原爆被爆者の死亡率に関する研究、第14 報、1950-2003、がんおよび非がん疾患の概要」

【今回の調査で明らかになったこと】

1950 年に追跡を開始した寿命調査(LSS)集団を2003 年まで追跡して、死亡および死因に対する原爆放射線の影響を、DS02 線量体系を用いて明らかにした。総固形がん死亡の過剰相対リスクは被曝放射線量に対して全線量域で直線の線量反応関係を示し、閾値は認められず、リスクが有意となる最低線量域は0-0.20 Gy であった。30 歳で1 Gy被曝して70 歳になった時の総固形がん死亡リスクは、被曝していない場合に比べて42%増加し、また、被爆時年齢が10 歳若くなると29%増加した。がんの部位別には胃、肺、肝、結腸、乳房、胆嚢、食道、膀胱、卵巣で有意なリスクの増加が見られたが、直腸、膵、子宮、前立腺、腎(実質)では有意なリスク増加は見られなかった。がん以外の疾患では、循環器疾患、呼吸器疾患、消化器疾患でのリスクが増加したが、放射線との因果関係については更なる検討を要する

【解説】

1) 本報告は、2003 年のLSS 第13 報より追跡期間が6 年間延長された。DS02 に基づく個人線量を使用して死因別の放射線リスクを総括的に解析した初めての報告である。解析対象としたのは、寿命調査集団約12 万人のうち直接被爆者で個人線量の推定されている86,611 人である。追跡期間中に50,620 人(58%)が死亡し、そのうち総固形がん死亡は10,929 人であった。

2) 30 歳被曝70 歳時の過剰相対リスクは0.42/Gy(95%信頼区間: 0.32, 0.53)、過剰絶対リスクは1 万人年当たり26.4 人/Gy であった。
*過剰相対リスクとは、相対リスク(被曝していない場合に比べて、被曝している場合のリスクが何倍になっているかを表す)から1 を差し引いた数値に等しく、被曝による相対的なリスクの増加分を表す。
*過剰絶対リスクとは、ここでは、被曝した場合の死亡率から被曝していない場合の死亡率を差し引いた数値で、被曝による絶対的なリスクの増加分を表す。

3) 放射線被曝に関連して増加したと思われるがんは、2 Gy 以上の被曝では総固形がん死亡の約半数以上、0.5-1 Gy では約1/4、0.1-0.2 Gy では約1/20 と推定された。

4) 過剰相対リスクに関する線量反応関係は全線量域では直線であったが、2 Gy 未満に限ると凹型の曲線が最もよく適合した。これは、0.5 Gy 付近のリスク推定値が直線モデルより低いためであった。

放射線影響研究所は、広島・長崎の原爆被爆者を60 年以上にわたり調査してきた。その研究成果は、国連原子放射線影響科学委員会(UNSCEAR)の放射線リスク評価や国際放射線防護委員会(ICRP)の放射線防護基準に関する勧告の主要な科学的根拠とされている。

Radiation Research 誌は、米国放射線影響学会の公式月刊学術誌であり、物理学、化学、生物学、および医学の領域における放射線影響および関連する課題の原著および総説を掲載している。(2010 年のインパクト・ファクター: 2.578 )


なお、この件については中部大学の武田教授がブログポストを書かれています。

私のブログにも時折コメントをくださるめぐさんは厚労省に電話をしたそうで、その顛末をブログポストに書かれています。電話部分の追記を転載:

(追記5月1日20時)厚労省に電話した。「放影研は厚労省と外務省所管だが、今回の報告で低線量被ばくでも被ばく量に応じた発がんリスクなどの健康被害が生じたと疫学的に証明された、と理解している。これまで国はICRP準拠で「疫学的証明はないものの放射線防護上はあるものと仮定して防護基準を定めている」と理解していた。今回の報告はこれまでの国の立場を覆すものだが、厚労省として報道発表の予定はあるか。事実関係の理解としては今申し上げた内容で正しいか」聞いた。
担当官は「事実の認識としてそれでよい。放影研が発表しているので厚労省としては発表の予定はない」との回答であった。


さすが日本政府というか。

Thursday, May 10, 2012

河北新報: 追い込まれた命-福島第1原発事故(中)(下)

先日の(上)に続き、河北新報は更に2つのご家族の体験を記事にしています。以下、リンクと抜粋。

2012年5月10日記事: 酪農の道断たれ無念

牛舎の壁のベニヤ板は普段、飼育作業の備忘録代わりに使っていた。チョークで牛の状態や出産予定日を書き留める。
昨年6月10日。板は遺書になった。
「姉ちゃんには長い間おせわになりました 私の現界をこしました 6/10 pm1.30 大工さんに保険金で支払って下さい」
姉(59)へのお礼で始まる。限界の「限」の字を誤って書いたのに気付き、その上に線をぐしゃぐしゃと書いている。自分を捨て石にして得る生命保険金で工賃の未払いを帳消しにしようとしている。
「原発さえなければと思います 残った酪農家は原発にまけないで頑張って下さい 先立つ不幸を 仕事をする気力をなくしました」
一番後の文は線で四角く囲まれている。精根尽き果てた心情を強調したかったのだろうか。
「ごめんなさい なにもできない父親でした 仏様の両親にももうしわけございません」
遺書は妻子と亡き親へのおわびで結んでいる。
この遺書を書いたのは、相馬市玉野の酪農家の男性。堆肥小屋で首をつった。54歳だった。

50頭の乳牛を飼っていた。福島第1原発事故直後の昨年3月20日、福島県内の牛の乳から基準値を超す放射性セシウムが出て、全域で原乳が出荷停止になった。
牛は健康を保つために毎日搾乳しなければならない。出荷の見込みのない乳を搾り、捨てた。牧場そばの小川は白く染まった。
そのころ、相馬市の避難所に身を寄せていた姉を訪ねている。
「牛乳は捨てるしかないが、餌は与えなければならない。牛が一度痩せたら元に戻すのに5年も10年もかかる。そうなったら殺すのと同然だ」
そう言い残して牧場に戻った。それが姉との最後の対面だった。
飼育費は月約100万円。手元の金は底を突いた。

8月、県内の酪農家が賠償の対象になることが決まった。男性が亡くなって2カ月がたっていた。

2012年5月11日記事: 夫、日に日に気力喪失

昨年7月23日。福島県浪江町の無職男性=当時(67)=が同県飯舘村の真野ダムの橋から身を投げた。
福島第1原発事故で浪江町が避難区域に指定され、3カ月前から二本松市のアパートに避難していた。
夫は車で出た。日が落ちても戻らず、警察に届けた。遺体は翌朝に見つかった。橋の30メートル下の草地に横たわっていた。
そばにあった車のガソリンは底を突いていた。満タンだったはずだ。二本松市からダムまで直線で約40キロ。空になるには近すぎる。
「夫は死に場所を探してさまよったと思う」

元原発労働者。2010年まで福島第2原発で働いた。言葉には出さなかったが、原発の安全神話が崩れたことにショックを受けたようだった。

二本松市には夫妻と夫の母(89)、次男の4人で越した。母は認知症だった。徘徊(はいかい)を繰り返し、警察に2度保護された。夫はそのたびに振り回された。
「いつになったら帰れるんだか」
将来をはかなむ言葉を口にするようになった。
「なるようにしかならないよ」
「んだなぁ」
相づちを打ってもどこか上の空だった。
夫は体調を崩し、眠りが浅くなった。食が細り、好物の白身魚も残した。口数も減った。7月に入ると日課の散歩もしなくなり、一日中家の中で横になっていた。

遺体は南相馬市の葬儀場で密葬した。写真は自宅にしかなく、運転免許証の写真を引き伸ばして遺影にした。祭壇には夫が一時帰宅で取ってきた釣りざおをまつった。
12月、東京電力に夫の死亡補償を請求した。所定の書類に「原発事故のせいで命を落とした」と書いた。東電から連絡が来たのは2カ月後。自殺の経緯を教えてほしいと言われた。それ以降、連絡は途絶えている。
「ここまで人を苦しめておきながら誠意がない。こっちが勝手に死んだみたいな扱いだ」
人ごとのような対応に怒りが収まらない。


国の高級官僚と同じ言葉遣いをする東電の新しい社長さんの下での特別ビジネス計画の柱の一つが、親身親切な賠償対応だそうです。

Tuesday, May 8, 2012

河北新報:「追い込まれた命-福島第1原発事故(上)明るかった妻の絶望」

昨年7月、一時帰宅のご自宅でそのまま帰らぬ方となられた福島県川俣町山木屋の渡辺はま子さんのご遺族への取材が、2012年5月9日付けの河北新報で記事になっていました。以下、部分抜粋:

追い込まれた命-福島第1原発事故(上)明るかった妻の絶望

福島第1原発事故で自殺者を生んだ東京電力の責任が初めて法廷で問われる。避難生活の果てに命を絶った福島県川俣町山木屋の渡辺はま子さん=当時(58)=の夫幹夫さん(61)ら遺族が東電を相手に訴訟を起こす。原発事故で自殺したのははま子さんだけではない。複数の人が暮らしを破壊されて絶望し、人生に終止符を打った。それぞれの遺族が語る故人の無念からは原発事故の理不尽さが浮かび上がる。

昨年7月1日早朝。幹夫さんは、はま子さんと一時帰宅し、1人で草刈りをしていた。山木屋地区は原発から約40キロ北西で計画的避難区域に指定されている。
丈の長い草の向こうで火柱が上がった。「古い布団でも燃やしているのかな」と気に留めなかった。
作業を終え、自宅に戻った。妻が見当たらない。嫌な予感がした。
はま子さんは自宅近くのごみ焼き場に倒れていた。衣服は焼け焦げ、煙がゆらめいている。火はまだくすぶっていた。ガソリンの臭いが鼻につく。そばに携行缶とライターが転がっていた。自宅から持ち出したようだ。
幹夫さんは言葉を失った。変わり果てた姿。119番して救急車を呼んだ。息絶えていたのは分かっていたが、そうしないと気が済まなかった。

原発事故で避難し、福島市の親戚宅、福島県磐梯町の体育館を転々とした。福島市のアパートに落ち着いたのは事故3カ月後の昨年6月だった。
息子たちは仕事の都合で離れ、アパートでは幹夫さんと2人で生活した。隣人に気を使い、声を潜めて話した。食欲が落ちて体重が5キロ減り、睡眠障害にも陥った。
「家のローンがあと7年残っている」「子どもと離れて暮らさなければならず、近所との付き合いもなくなった」。繰り返し不安を口にし、ふさぎ込むようになった。このとき既にうつ病を発症していた可能性があるという。
はま子さんは野菜作りが好きだった。家庭菜園で実ったキュウリやナスが毎日食卓に並んだ。旅行に行っても野菜の状態を気に掛け、「早く家に帰ろう」と言っていた。

よくしゃべり、よく笑う。裏表のない性格で人の悪口が嫌い。社交的と評判で自殺とは無縁と思っていた。そんな妻が自ら命を絶った。

(記事全文はリンク先でどうぞ)


川俣町は飯舘村の西に位置し、山木屋地区(501世帯1,246人)は、昨年4月になってから国が計画避難区域に指定して住民に避難を指示、住民は自己責任で避難先を探し、町を出ることを余儀なくされました。現在、山木屋地区を居住制限、避難指示解除準備の2区域に再編する国の案は、具体性が無いとして川俣町長は受け入れていません(河北新報記事参照)。

上記記事によると、訴訟を起こす相手は東電とのこと。国に対して訴訟を起こしてあっさり勝つ見込みは過去数十年の前例を見てもほぼ皆無なので、東電に対する訴訟に留まるのは仕方がないとは思いますが、原発事故を起こした原発運転者の東電と共に、「国策」として原発を推し進め、原発運転者を規制、指導する立場であり事故後の対策の責任者である国こそ、訴訟を起こされてしかるべきだと思うのです。

計画避難区域に指定しただけで将来の展望も何も住民に示さず、福島県以外にはあたかも被害が無かったかのような頬かむりを政府がしていた時期に、渡辺さんご夫婦は一時帰宅なさっていました。現在に至っても将来の展望など何も無く、ただ漠然とした将来の帰還の可能性をちらつかせる程度の「策」しかどうもなさそうな政府。

この記事を読んでよりによって思い出したのは、被曝一回に100ミリシーベルトまでOK、年間被曝限度量は現行の1ミリシーベルトの1000倍の1シーベルトでOK、但し生涯の累積被曝限度量は5シーベルト、とするオクスフォード大学のウェード・アリソン教授。私は個人的には教授の論拠(がん治療で使う放射線の方が強い、など)にも、教授の出す数字にも、まったく賛同できません。ただ、なぜ思い出したかと言うと、教授のこの言です:

避難すること(および放射線による健康被害のリスクがあると住民に知らせること)のほうが、放射線自体よりはるかに大きな害を住民の健康に及ぼす


教授の言うように、避難した事自体、あるいは放射線による健康被害のリスクを知らせたこと自体(実際ろくに知らせていないようですが)が大きな害を及ぼした、とは思いません。しかし、何の将来の目処もなしにただ住んでいた場所から人々を避難と称して追いたて、放射線による健康被害のリスク(というのは嫌いなカタカナですが、英語の理解からすると、「健康被害が出るかもしれないという可能性」ということ)を十分に知らせた上で住民が納得して避難、あるいは留まる選択を取らせなかった国の無策が、放射線自体よりもはるかに大きな害を住民の健康に及ぼしているのではないか、とは思います。

政府は、どういう理由、根拠でいつまで避難が必要なのかも明確に示さず、避難先の手当てすらせず、これから避難して出てきた家がどうなるのかも説明できず、放射線被曝の健康への被害の可能性についての説明も、「直ちに影響はない」と繰り返す他はろくに出来ず、除染すらろくに出来ず、挙句の果ては今年の3月、「原発事故ではだれも個人的に責任のある者はいない」、と首相が外国人記者団に明言する始末。

結局国は、「リスク・コミュニケーション」というやつができていなかった、ということになるのでしょうが、第一この言葉がわけの分からんカタカナ日本語で留まっていること自体、起こりうる被害の可能性についての情報伝達は出来ていないということの証拠でしょうか。