Tuesday, September 6, 2011

西谷源展:「放射線に対する意識と学校教育の影響」

放射線は恐ろしいものだ、という日本人の過剰反応は不適切な学校教育、特に初等教育のせいである、という、日本放射線技術学会雑誌2004年11月第60巻第11号掲載の論文です。

西谷源展氏は当時、京都医療技術短期大学診療放射線技術学科に所属されており、論文は、日本人の放射能、放射線に対する過剰な反応がどこから来るのか、その原因を学生のアンケート調査を行って、知識形成過程での教育に原因がある、としています。そして、「正しい」教育と放射線関連学会の啓蒙活動が必要である、と結論付けています。

全文はこのリンクでお読みになれます(PDFファイル全9ページ)。以下、論点の抜粋。(強調は私です。)

まず緒言から: 

...日本人にとって「放射線」「放射能」(以下放射線等と省略する)を強烈に印象づけたのは,第二次大戦を終わらせることになった原爆である.その後には,米国の水爆実験の犠牲となったマグロ漁船の第五福竜丸の被曝であった.さらに近年では,チェルノブイリ原発事故や1999年に発生し 2 人の犠牲者を出したJCO事故である.

 しかし,放射線等は現代の医学利用においては,さまざまな疾患の診断や治療には欠くことのできない技術となっている.1997年度における日本での放射線利用による経済規模の総額は,約 8 兆 6 千億円(GDPの1.7%)となっている.この内訳は工業利用が 7 兆 3 千億円,医療分野が 1 兆円で大半を占めている.工業利用の73%は半導体加工で群を抜いている1).IT時代を支えている半導体の加工は放射線が利用されている.しかし,これらは一般の人々は認識していない
 
一般の人々は,原爆の恐怖から放射線等は恐ろしい→危険→癌の発生や遺伝的な影響,という構図を根強く持っている.
 
こうした過剰な反応はどうして起こるのかを検証するするために,大学に在学する青年達(以下青年達と省略する)の放射線等に対する意識と知識を調査し,その原因を学校教育における授業および教科書等の記述などから明らかにするために本研究を行った.

その手法はアンケート調査。1998~2002年に大学に入学した学生284名を対象に、

  • 放射線を知った年代
  • 何によって知ったか
  • 知識が形成されたときのイメージ
  • 放射線と言う言葉から連想されるもの
  • 放射線に関する知識

について回答を求めた、とのこと。

その結果、西谷氏は、小学校高学年の社会、歴史の教科書に注目します。PDFファイル5ページ目の右欄下の方の記載では:

6 年生になると歴史的分野となり,第二次世界大戦の歴史的記述として原爆をほとんどが取り上げており,36点中28点に記載がされている.また,「平和」と関連しての原爆も取り上げている.核兵器としての関連から1954年 3 月に起こった水爆実験による第五福竜丸の被曝によるものを取り上げている. 小学校での教科書では 6 年生社会における「原爆」が大きなインパクトを与えている.Fig.は,核兵器について 6 年生社会(下)に記述されたもので,放射線量を単位とともに記述している.小学校における放射線等の記述は,「原爆」「核兵器」から怖いものとして取り扱われている

さらに中学校、高校の教科書を検証した上で、次のように「問題点」をまとめられています。

3-2 放射線等の教科書記述の問題点

 放射線等の知識が形成される初期は,2-1で述べたうに小学校が最も多い.この時期における教科書の記述は 6 年生社会が最も多くなっている.そこでの記述は,広島・長崎の原爆被爆がほとんどであり,悲惨な状況とともに「恐ろしいもの」として教えられている.また,中学校では利用についての記述は増加するものの原子力発電は否定的な記述もされている.社会(公民)は小学校同様に原爆,核兵器,第五福竜丸の被曝,チェルノブイリ原発事故などを取り上げている.放射線等の利用に否定的な記述が多く,多方面に有効に利用されていることは記述されていない.高等学校物理1Bに詳しく述べているが,それまでの教育による既成概念は強く生きており,正しい理解を阻害している.また,高等学校において物理1Bを選択履修しない生徒にとっては,正しく理解されず,小学校時代「恐ろしいもの」しか残っていない.また,それぞれの教科書における記述も必ずしも正確な記述となっていない教科書を多く見受けることは問題である

更に、世界平均の自然放射線被曝量は2400マイクロシーベルトである、とした後(日本平均が1400マイクロシーベルトだという記述は無し)、新しい学習指導要綱に基づいた検定に合格した社会科の教科書では「より正確な」記述が見られる、と評価:

社会科の原爆について「放射線」の影響を記述しているのは少なくなり,3 社の教科書は「放射線」という記述が全くされていない.さらに「アメリカ軍は,8 月 6 日に広島…中略…地上1 万mまできのこ雲が立ち熱線と爆風で,またたくまに建物はくずれ…」(教育出版 伊東光晴他著 平成13年1 月検定合格)と記述しており,従来の放射線の影響を強調した記述はなくなっており,より正確な記述に改められている.

ということは「不正確」だった部分と言うのが原爆由来の放射線の人体への影響を記載した部分、ということなのでしょうか。

そして結論部分:

 わが国の青年達の放射線等への知識形成は初等教育で大部分がなされている.知識形成に大きく影響しているのは原爆によるものであった.そのために原爆の悲惨な状況を強調することになり,そのことから「危険」なものや「恐ろしい」ものとして認識されている.また,教科書の記述も社会科に偏っており,利用面での正当な評価がされていない.放射線等への科学的な知識形成は高等学校でなされるが,危険なもの,恐ろしいものとしての既成概念により正しい知識形成がなされていない.また,高等学校での理科分野の選択制において物理を選択する生徒が30%程度であり,これがさらに正しい知識形成を阻んでいる.平成14年度に改正された学習指導要領においても内容の大幅な改善はされておらず,こうした状況の改善は現状の学校教育では困難な状況にある.そのため本学会や放射線関連学会等による啓蒙活動が重要である.

さて、教科書を調べてどこまで青少年への影響がわかるのか。小学校から高校まで、社会、歴史の時間には、どういうわけか第2次世界大戦に話が行く直前でいつも学期がなぜか終わっていたのを覚えています。教科書には確かにそれ以降現代まで記載がありますが、運用として、そこまで学ばせない、というような暗黙の了解があったような気がします。チェルノブイリの事故の時も、どこか遠くの関係ない国で何かあったらしい、という程度で、ほとんど当時ニュースなどでも聞いた覚えがありません。

西谷氏は論文で、放射線が危険なもの、恐ろしいものという既成概念がある、とおっしゃっていますが、先日のポストでも出しましたとおり、日本は世界に冠たる人工放射線被爆国

逆に、そのような既成概念がしっかりあったら、原発もなかったかもしれない(従って福島事故もない)し、子供が規定の40倍のテクネチウムを投与されることもなかったかも知れない、と個人的には思います。

この論文を斜め読みして思い出したのが、例の、科学技術庁が1991年に作成させた原発推進指南書。文部科学省に総理府の外局だった科学技術庁が編入されたのは2001年。それを考えると、この論文もこの指南書の流れなのかもしれません。

(H/T anonymous reader of my English blog)

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